第76回 教育カフェマラソン 能條 桃子さん(一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN代表理事)



◎NO YOUTH NO JAPANの活動

まずは、能條さんが昨年立ち上げたNO YOUTH NO JAPANという団体について、その経緯と活動内容について教えていただきました。

能條さんはデンマークでは若い世代の選挙の投票率が80%であることを知ったことがきっかけに、昨年デンマークへ留学されました。動機のひとつとして、日本では20代の投票率が30%程度にとどまっているのに対して、この差はどこにあるのかという問いがありました。この留学期間中に、デンマークが高い投票率であることの理由を知ることになります。そして、デンマークのことをうらやましく思っているだけなく、日本でも自分にできることがあるのではないかという想いで、NO YOUTH NO JAPANの活動を始めたそうです。

NO YOUTH NO JAPANの活動を通して、若い世代の中から積極的に政治に関心を持つ人が増えることで、政治参加や政治についての話がタブー視されることなく、当たり前になればよいという想いがあるそうです。そして、20代の投票率を他の世代と同程度にしたいというゴールを掲げているとのこと。というのも、日本では全体の投票率が年々低下しているのに加えて、若い世代(20代)が最も顕著に低下している現状があります。若い世代の投票率はその親が投票に行くかどうかが反映されているという問題提起もされていました。今の若い世代が親になったときには、果たしてどうなっていくのか…

NO YOUTH NO JAPANには現在、大学生を中心に高校生も含め60名程度のメンバーがいます。主な活動としては、インスタグラムメディアの運営です。フォロワーは20代を中心に5万人を超えています。能條さんは活動をする中で、政治に関心がないと言われている若い世代も実は関心があるのではないかと感じていると言われていました。

インスタグラムでは選挙の時期に投票を促したり、政党や政策の説明をしたりする以外にも、普段は、社会問題などをグラフィックで解説しています。まず、私たちの社会を取り巻くさまざまな課題、例えば環境問題、貧困やLGBTなどの社会問題に関心を持つことが政治につながるのではないかと考えているそうです。

その他にも、「政治家と話そう」というテーマで、政治家と直接話すことにも取り組んでいます。週1回、インスタライブで配信しているそうです。

ソーシャルメディアを駆使して、若い世代への発信を続ける能條さんの「形を変えたり、自分たちにできることが分かれば、一歩踏み出したいと思っている人はいるのではないかという気がしている」という言葉が印象的でした。

 

◎デンマーク留学での経験

能條さんのデンマークでの経験についても共有いただきました。

留学当時(2019年)、まさに国勢選挙が行われていたそうです。そこで目の当たりにしたのが、意識の高い一部の人だけでなく、社会全体が政治に意識が向いているということでした。

また、若い世代が政治に関心を持っているだけでなく、実際に若い世代が社会を変えている事実がありました。当時の選挙では「気候変動」が一番のテーマになっていたそうです。その理由は、前回の選挙において、気候変動の政策を掲げた政党に多くの若者の支持があったためでした。若い世代の投票行動で、政策の争点に影響を与えることに、能條さんは感銘を受けたとのことでした。

その他にも、若い世代の声が政治を動かした実例として、メンタルヘルスに対する医療費補助についても紹介されました。能條さんの友人の中にはキャンペーンを実行して政策に反映させた人もおり、「社会を変えたいと思い、声をあげて取り組めば変わる」という実感を持っているようです。

能條さんから、デンマークの選挙期間中の様子が分かる写真を紹介されながら、幅広い年齢層の人たちが笑顔で活動する姿と「選挙はワクワクするイベント」という言葉には、話を聞いている参加者の方々も驚きを示していました。

デンマークでは41歳の女性首相が誕生しています。このことからもわかるように、政治家には若い世代や女性も多数含まれています。閣僚の平均年齢は41歳であり、日本と比べてみても明らかに若い人に活躍の場があります。若いから未熟なのではなく、若いから新しいことができるという見方もあるようです。

日本では、「社会を変えたいけど、なかなか政府には届かないモヤモヤ」があるために消極的になる若い世代がいるのに対して、デンマークでは、若い世代の意見が社会を変えているという成功経験があることは、政治参加の大きな要因になると言えそうです。

また、デンマークの教育についても話していただきました。デンマークではフォルケホイスコーレという学びの場があり、能條さんはそこに留学していました。この学校には18歳以上の年齢の人たちが3か月から半年間、共同生活しながら過ごしています。この学校では資格を取得するために学ぶのではなく、民主主義の担い手を育てるというコンセプトで運営されています。デンマークではこうした場で「社会を生きる一員として自分は何をしたいか」を考えるゆとりがあるからこそ、政治に目が向くのではないかという指摘もありました。デンマークの民主主義の特徴として、幼稚園からすでに「自分で考えられる人を育てる」教育が行われているそうです。デンマークの教育において、自分の意見を持つことが重要な位置を占めていると感じたとのことでした。

 

こうしたデンマークでの経験を通して、「社会を作っているのは誰?」という問いを持つようになったそうです。以前は、一部の偉い人たち、総理大臣や企業の社長が社会を作っていると考えていた能條さん。同じ質問をデンマークの友人たちへ投げかけたところ、「社会を変えるのは私たち」「自分たちで社会を作っている」という答えが返ってきました。そこで、自分自身も社会の一部であり、社会に影響を与えられる人になりたいと思うようになったそうです。そして、「私たちの社会は私たちが作っている」と言える社会を作っていきたいとの思いから、活動を始められました。

選挙は生きていく社会を選ぶもの。自分の1票くらいで社会は変わらないと言う人もいるが、みんなで決めた結果の中に自分の1票が存在していることが大事と話されていました。

 

◎これまでのライフストーリー

能條さんは中学生の頃、自分に与えられた環境と他の友達とを比べた時に、この社会に格差があるということを感じていたそうです。進学校であった高校では、限られた環境の中で、他の人が置かれている状況を知らない友達と話す中で違和感を覚えたと言います。勉強できることが全てではないのではないかという疑問を抱くようになり、「自分は何を学ぶのか?」という想いを持ちつつ大学へ進学されます。

大学生の時に、選挙でインターンをした経験を通して、社会の仕組みに関心を持ち始めたそうです。そして、政治家が呼びかけようとも若い世代には響かない状況を見て、投票率の低さとも重なり、政策以前に政治に目が向けられていないこのような問題をどうしたら解決できるのかを考えるようになります。そこからデンマーク留学に結びついたそうです。

 

◎グループディスカッション

ここで3つのグループに分かれてディスカッションを行いました。

ひとつめのトークテーマは「わたしが生きたい社会はどんな社会?」

今回は政策や政権について是非を問うのではなく、最終的にどういう社会で生きたいかを考えました。

それぞれのグループからは、「弱さとかできないことを許容できる社会」「無条件に生きていける社会」「何度でもやり直せる社会」「一人の人間として尊重される社会」「自分の幸せは自分で決められる社会」などという声があがりました。

2つめのテーマは「社会を作っているのは誰?」

「社会を作っているのは私たち」というのは理想ではありますが、実際の社会は誰が作っていると感じているのかを話合いました。能條さんからは「生きたい社会」とはまだ実現されていない社会でもあり、そこに到達するためにギャップを生んでいるものは何かを考えたいとの課題提起がありました。

あるグループでは、社会を作るのは納税者、一部の握りの権力者という見解に対して、やはり社会を構成するのは私たち一人ひとりではないかとの意見もありました。社会という概念についても、ひと昔前の「村」単位に比べて、「国」となれば一人の持つ影響力を認識しづらくなっているという指摘がありました。現在、ネットで誹謗中傷も生まれやすくなっているのも、顔の見えない社会であり、自分が社会の一員である意識が持てないという話題も出ましたが、自分の主張だけでなく相手の意見を受け入れ、対話することの大切さについても話し合われました。また、社会において個々の能力で存在価値を測ったり、偏差値という数字で人を表したりするのではなく、自分のネガティブな部分も含めて認めていく寛容さが必要なのではないかという意見も出ました。

 

こうしたディスカッションを通して、改めて、答えのない問いに対して、いろいろな立場の人たちで意見を交わすことの重要性を感じました。正解がないからこそ、自分の意見にこだわるのではなく、他の人の意見に耳を傾けることで新たな価値観が生まれる気がしました。

正直なところ、政治の話=堅苦しいというイメージがありましたが、大学生の能條さんが笑顔でお話される姿を見て、敷居の高いものではなく、「もっと気軽に政治について話していいんだ」という気持ちになりました。若い世代に限らず、政治は自分の関係のないところで勝手に進んでいくものと思い込んでいる人は多いと思います。「私たちが生きる社会は私たちが作る」という能條さんのメッセージを受けて、まずは身近な人たちと、どんな社会にしていきたいか、未来への希望がある話をしていこうと思いました。(S.N.)